多様な職業を経験し調剤薬局の医療事務へ落ち着くまで/ASD・ADHD/みきちむさん

みきちむさん

診断名 ASD ADHD
職業  調剤薬局 医療事務

転職20回近くを経て見つけた今の働き方

「前日に数えてみたんですけど、20個ぐらい仕事をやってました」

そう話すみきちむさんは、現在は医療事務として働きながら、在宅でデザインの仕事も続けている。

これまで経験した仕事は、コンビニ、ファーストフード店、カフェ、通信販売会社の事務職、広告制作会社、調剤事務などさまざまだ。その数は20近くにのぼるという。

「いろいろやらかしが多い人生なんですけど」

そう笑うが、話を聞いていると単なる転職遍歴ではないことがわかる。短期間で終わった仕事もあれば、予想外に長く続いた仕事もある。憧れて飛び込んだ仕事もあれば、なんとなく始めた結果、長く続いた仕事もあった。

現在の働き方にたどり着くまでを振り返ってもらった。

社会復帰を目指して飛び込んだコンビニで起きたこと

高校卒業後のみきちむさんは、長くフリーター生活を送っていた。

ASDの診断を受けており、自身ではADHDの特性もあると感じているという。

当時はほとんど引きこもりに近い生活をしていた時期もあった。

「社会復帰したいなと思って」

そう考えた時に見つけたのが、近所のコンビニのアルバイトだった。

しかし、初日から想像以上の忙しさに圧倒された。

勤務は早朝。出勤前の客が次々に来店し、レジではタバコの注文が飛び交う。

「何番、何番、何番って言われても、普段吸わないから全然分からなくて」

慣れない接客に戸惑う中、お弁当の温めを頼まれた。

ところが、弁当に貼り付けられていた醤油の小袋を外さないまま電子レンジへ入れてしまう。

しばらくして店内に大きな破裂音が響いた。

「なんかバーンって言ったな、何だろうと思ったら、もう時すでに遅しで」

レンジの中では醤油が見事に飛び散っていた。

忙しい職場で質問もできず、失敗も重なり、完全にパニックになったという。

「頑張って2時間ぐらい仕事したんですけど、その日に向いてないなと思って」

勤務時間はわずか2時間。

次のシフト希望日を連絡するよう言われていたが、連絡することはなかった。

「すごいショックだったし、すごいパニックになっちゃって」

今では笑い話として話せるエピソードだが、当時は社会復帰への挑戦がいきなり挫折した瞬間でもあった。

「このままじゃダメだ」と思い、大阪へ出た

その後の転機は突然やってきた。

当時は精神科へ通院し、薬も服用していた。

しかしある日、理由はうまく説明できないものの、「このままじゃダメだ」と強く思ったという。

「本当に突然でした」

勢いのまま薬を捨てた。

本人も「真似しないでください」と笑うが、その時はとにかく何かを変えたかった。

奈良を離れ、大阪へ出ることを決めた。

そして見つけたのが、オープニングスタッフを募集していたカフェだった。

「どうせまたすぐ辞めるんじゃないかなと思ってました」

ところが予想に反して、この仕事は3年続くことになる。

初めて続いた仕事

カフェで長く働けた理由について、みきちむさんはオープニングスタッフだったことが大きかったと振り返る。

全員が同じスタートライン。

誰かだけが仕事を知っているわけではない。

分からないことがあればお互い助け合いながら覚えていく環境だった。

「みんな1から覚えたので」

さらに、スタッフの人数も限られており、同じメンバーと働くことが多かった。

もちろん人間関係が全くなかったわけではない。

「おばちゃん同士の派閥とかもありました」

それでも、どちらにも上手く合わせながら働いていたという。

気付けば3年が経っていた。

それまで長続きした経験がなかったみきちむさんにとって、それは大きな自信になった。

会社からは正社員にならないかという話もあった。

しかし、その誘いは断った。

社員たちの働き方を見ていたからだ。

休みの日でも呼び出される。

アルバイトが休めば代わりに出勤する。

責任も重い。

「この先ずっと飲食店の社員を続けられるかなと思ったら、できないなと思って」

初めて長く続いた職場だったが、次の道を探すことにした。

「事務職をやってみたい」

次に目指したのは正社員だった。

当時のイメージでは「正社員といえば事務職」。

オフィスで働いてみたいという気持ちもあった。

応募したのは通信販売会社だった。

本当は広報職を希望していた。

しかし結果は不採用。

「飲食店のバイトしか経験ないのに広報は無理ですよね」

そう振り返る。

ところが不採用の電話の最後に思わぬ提案があった。

事務職の募集があるので受けてみないか。

「やってみたらできるかもしれないしと思って」

深く考えずに引き受けた。

結果的に、この会社で5年半働くことになる。

電話が嫌でたまらなかった

仕事内容は電話対応と事務作業を並行して行うものだった。

最初は電話対応が苦痛だったという。

「誰か取ってくれないかなと思ってました」

会社には「3コール以内に取る」というルールがあった。

電話が鳴るたびに緊張する。

しかし不思議なことに、続けるうちに慣れていった。

「最後は1コールぐらいで取れるようになりました」

大きな会社だったため、他部署とのやり取りや上司との関係に戸惑うことも多かった。

それでも5年半続いた。

みきちむさん自身も予想していなかった長さだったという。

好きだった会社を辞めた理由

転機になったのは部署異動だった。

最初の4年半は少人数の部署で働いていた。

「お父さんとお母さんがいて、子どもたちがいるみたいな部署でした」

部長や先輩社員がいて、同期がいて、家族のような雰囲気だったという。

ところが異動先はまったく違った。

複数の部署が同じフロアに集まる大きな組織。

人の数も多い。

「いろんなところから視線を感じる感じで」

仕事内容よりも環境の変化が大きかった。

徐々に負荷が積み重なり、体調を崩して退職することになった。

「4年半いた部署にそのままいたら、今も続いてたかもしれないですね」

そう振り返る。

憧れていたデザイン業界へ

退職後は以前から興味を持っていたデザインを学ぶことにした。

職業訓練校へ通い、その後広告制作会社へ就職する。

「憧れでした」

ようやく興味のあった業界に入れた。

しかし、ここでも体調を崩してしまう。

詳細は多く語らなかったが、「一波乱二波乱あった」と苦笑する。

勤務期間は半年ほどだった。

結婚をきっかけに変わった働き方

30歳で結婚。

その頃には「無理をして働く」ことよりも、「続けられる働き方」を考えるようになっていた。

広告制作会社を退職した後、夫と相談し、扶養内で働くことを選んだ。

「そこからは自分ありきで考えるようになりました」

できないことより、できること。

理想より、続けられること。

そうしてたどり着いたのが医療事務だった。

現在は医療事務と調剤事務の経験を重ねながら、在宅でデザインの仕事も続けている。

医療事務の現場は想像以上に忙しい。

患者対応、電話対応、看護師との連携、医師とのやり取り。

「電話は鳴るし、患者さんは来るし、看護師さんから呼ばれるし」

同時進行が苦手な特性があると言われている中で、決して楽な仕事ではなかった。

それでも続いている。

人間関係が比較的良かったことや、クリニック特有の働き方が自分に合っていたことも大きかったという。

「家に帰って休める時間もあったので」

今では体調も以前より安定してきた。

そして今年からは調剤事務を中心に働いていく予定だという。

「続けられたこと自体が自信になってますね」

20近い仕事を経験しながらたどり着いた今の働き方について、みきちむさんは終始穏やかな表情で語っていた。

YouTubeチャンネル「発達障害の仕事インタビューch」はこちら