障害者雇用も経験後、A型事業所で検査の仕事が合っていた/ASD/京子さん

京子さん

診断名 ASD
職業 A型事業所 工場にて部品検査業務

「仕事が怖かった」から始まった再出発

福井県で夫と二人暮らしを送る京子さんは、A型事業所で工場勤務をしている。車の部品などの検査を担当し、拡大鏡を使って細かな傷や不良がないかを確認する仕事だ。

現在の職場に勤めて4年目。職場には約70人が在籍し、そのうち30人ほどが検査部門に所属しているという。京子さんが作業する部屋には5~6人ほどがいて、白衣を着て細かな部品と向き合う。扱う部品の中には、まち針ほどの細さのものもある。拡大鏡でじっと見つめ、傷があれば不良品として取り除く。

「目が疲れるので、帰ったらぐったりです。頭も疲れます」

A型事業所というと短時間勤務をイメージする人も多いが、京子さんの職場は8時間勤務。週5日働く生活は一般就労とほとんど変わらない。

「お金になるし、いいなと思って入ったんですけど、すごい疲れます」

そう笑いながら話す姿からは、疲労の大きさと同時に、今の仕事を続けてきた実感も伝わってくる。

「病気になる前」は接客の仕事を続けていた

大学卒業後、京子さんは100円ショップやコンビニ、パン屋などで販売の仕事をしてきた。

結婚前にはパン屋に正社員として就職したこともあったが、結婚を機に退職。その後はパートやアルバイトとして働く時期が続いた。

障害が分かる前の京子さんは、特別仕事で大きくつまずいていたわけではなかったという。

100円ショップのレジ業務も、接客といっても会話はそれほど多くなく、自分には合っていたと感じていた。

「結構楽しくやれていたので、合ってたんだと思います」

仕事を辞める理由も、人間関係の悪化や仕事上の失敗ではなく、出産や実家に戻ることなど生活上の変化が中心だった。

振り返れば、職場の人間関係にも恵まれていた。

「行ったところはみんな優しかったし、いいところに恵まれる星に生まれたのかなって」

人間関係が原因で仕事を辞める人も少なくないが、京子さん自身はそうした経験にはあまり当たらなかったという。

雑談が積み重なると、過食が止まらなくなる

一方で、苦手なものはあった。

雑談だった。

「合わない人と雑談をすると、ストレスがたまって過食することがあるんです」

ASDの特性が分かる前から、人との何気ない会話に疲れやすかった。

雑談の輪に入るタイミングを考えたり、話題についていこうとしたりするだけで疲れてしまう。昼休みの時間が苦痛になることもあった。

「どうにもならない時は辞めてました」

接客そのものよりも、人間関係の中で生まれる雑談や距離感の方が負担になっていた。

仕事そのものはこなせても、人と自然に関わることの難しさが、少しずつ心身を消耗させていた。

不安神経症、そして10年後に知った発達障害

京子さんが最初に診断を受けたのは、不安神経症だった。

20代半ばまでは特に大きな病気もなく過ごしていたが、その後症状が現れた。

そしてさらに約10年後、発達障害であることが分かった。

診断を受けた後は、それまでとは違う働き方を模索するようになる。

掃除の仕事、農業、水耕栽培など、さまざまな仕事を経験した。

農業はA型事業所での仕事だったが、水耕栽培は障害者雇用枠で一般企業に勤めていた時期の仕事だった。

それまで普通に働いてきた京子さんにとって、障害が分かったことは大きな転機だった。

しかし、診断を受けたからといってすぐに前向きになれたわけではない。

むしろ逆だった。

「仕事をすること自体が怖かったんです」

長く続けられるのか。

また体調を崩すのではないか。

人間関係でつまずくのではないか。

そうした不安が強く、まずは無理の少ない環境から始めようと考えた。

「まずは続けられるか」が最優先だった

発達障害が分かってから最初に選んだのが、A型事業所だった。

一般就労も不可能ではなかったかもしれない。

実際、それまでの仕事歴を振り返ると、人間関係にも恵まれ、大きなトラブルなく働いてきた。

それでも京子さんは、「続けられるかどうか」が何よりも心配だった。

だからこそ、まずは働くことに慣れることを優先した。

「とりあえず入って、長く続けられるか試してみようと思ったんです」

結果として、その選択は4年という時間につながっていく。

現在の職場にはさまざまな部署がある。

部品検査だけではなく、市の広報誌を印刷して折り、部数を数える部署。パソコンを使って広報物を作る部署。オーディオ関係の製品やマイクを製造する部署もある。

その中で京子さんは細かな検査作業を担当し、毎日集中力を使いながら仕事に向き合っている。

「勤務時間は長いけど、うちの会社は休みやすいんです」

8時間勤務は体力的には大変だ。それでも、必要な時に休める環境がある。

「ちゃんとお金にもなるし、休めるし」

そう語る口調に、特別な達成感や大きな成功を誇るような雰囲気はない。

ただ、自分に合う場所を探しながら少しずつ働き続けてきた人の、穏やかな実感がにじんでいた。

夫と二人で暮らし、子どもたちはそれぞれの生活を送っている。

疲れて帰宅すればぐったりする日もある。それでも翌日になればまた職場に向かい、小さな部品を拡大鏡でのぞき込みながら、一つひとつ確認していく。

京子さんの毎日は、特別な出来事よりも、そうした積み重ねによって続いている。

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